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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和44年(わ)116号 判決

被告人 池添六三 外二名

主文

被告人池添六三を懲役三年に、被告人大村哲男を懲役二年六月に、被告人村山清を懲役六月に処する。

未決勾留日数中、被告人池添六三、同大村哲男に対しては各二二〇日を、被告人村山清に対しては三〇日を、それぞれの刑に算入する。

被告人池添六三から押収してある日本刀一振(証一号)、被告人大村哲男から押収してある刺身包丁一本(証二号)をそれぞれ没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人池添六三は、昭和四四年七月四日午前〇時ごろ、直方市古町一六番二五号クラブ「さつき」こと宮崎辰美方前路上において、同所を通行中の知人相馬満義にからんでいたところを、その直前まで右クラブでともに飲酒した岡原翼(当二八年)に制止されたが、それを聞き入れるどころかかえつてこれに不満をいだき、あげくは同人と口論になるにおよぶや、これまでは同人は自分に対しいわゆる弟分格であり、日ごろもそのようにふるまつてきたのに兄貴分の関係にある自分に助勢せず相手方の肩を持ち、あまつさえ反抗的な態度に出たと痛く憤慨し、かくなるうえは同人とけんか闘争におよび場合によつては同人を殺害しようと決意し、そのため兇器を準備すべく同日午前〇時三〇分ごろ同市大字下境三、九一〇番地の四の自宅に帰り、物置小屋から刃渡り五八・八センチメートルの日本刀一振(証一号)を持ち出し、右岡原のいるクラブ「さつき」付近まで引き返すべく自宅前に待機させていたタクシーに乗車せんとしたところ、おりから被告人村山清より言葉巧みに連れ出された被告人大村哲男が刃体の長さ二四・一センチメートルの刺身包丁一本(証二号)を携帯して被告人村山とともに同所に駆けつけてきたので、ここに被告人ら三名が合流のうえ右タクシーに同乗し、前記「さつき」付近に向かつたが、その途上車中において、被告人大村は、被告人池添から岡原との前記いきさつを聞かれたうえ右日本刀を使用して同人とけんか闘争におよぶ決意であることをひれきされるや、被告人池添の助太刀として右闘争に加担し、岡原に傷害を負わせようと決意し、同被告人に助太刀をする旨表明し、同被告人もまたこれを受け入れ、ここにおいて被告人池添は殺害の、被告人大村は傷害の各意思をもつて、相協力して右岡原をともに襲撃する意思を相通じて共謀し、かくして、被告人ら三名は同日午前〇時五〇分ごろ、前記「さつき」付近の路上に至り、同所で岡原を認めるや、被告人池添は直ちに同人に切りつけるべく右タクシーから降車せんとしたが、付近にいた岡原の連れの者二、三名にタクシーのドアーを押えられ、あるいはいつたん降車したところをまたタクシー内に押し込まれるなどして制止され、その間右岡原が逃走したため殺害の実行に着手するに至らずして殺人の予備をなし、一方被告人大村は、被告人池添が右のとおり制止されている間、右タクシーから直ちに降車し、いきなり所携の右刺身包丁で岡原の右大腿部を二回突き刺し、さらに頭部を殴打するなどし、よつて同人に治療約三週間を要する頭部、右肩部および大腿部多発刺傷(深部大腿動脈切断)、右上腕擦過創ならびに左小指切創の傷害を負わせ

第二  被告人池添は前記同日時、前記「さつき」前付近路上において、法定の除外事由がないのに前記日本刀一本を携帯して所持し

第三  被告人大村は業務上その他正当な理由がないのに、前記第一記載の日時に、同記載の「さつき」前路上において、刃体の長さ二四・一センチの前記刺身包丁一本を携帯し

第四  被告人村山清は、法定の除外事由がないのに、昭和四四年七月四日午前一時すぎごろ、同市日吉町四番二一号岡原翼方前路上において被告人池添六三から受け取つた前記第一記載の日本刀一本を携帯し、タクシーで同被告人の従兄がある同市大字下境川端三、七六七番地池添才蔵方まで運搬し、同人にその隠匿保管方を依頼し、もつて同月六日午前五時ごろ同人方で警察官に発見されるまでの間、右日本刀を携帯運搬あるいは隠匿保管して所持し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(累犯前科)

(一)  被告人池添六三は(1)昭和三八年一二月二七日福岡地方裁判所直方支部で恐喝、暴行の罪により懲役一年二月に処せられ、昭和四〇年二月三日右刑の執行を受け終り、(2)その後犯した傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により昭和四二年四月二一日同支部で懲役一〇月に処せられ、昭和四三年二月一〇日右刑の執行を受け終り、(3)さらにその後犯した銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により同年六月七日同支部で懲役六月に処せられ、同年一一月六日右刑の執行を受け終つたものであり、

(二)  被告人大村哲男は昭和三九年八月二七日熊本地方裁判所玉名支部で傷害罪により懲役一年に処せられ、昭和四〇年八月一六日右刑の執行を受け終つたものであつて、以上の各事実は右被告人両名の当公判廷における供述、検察事務官作成の右各被告人に関する前科調書と検察事務官作成の判決謄本三通によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人池添の判示第一の所為中殺人予備の点は刑法二〇一条(一九九条)に、傷害の点は同法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第一号(三条一項)に、被告人大村の判示第一の所為は刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第三の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三二条二号(二二条)に、被告人村山の判示第四の所為は同法三一条の三第一号(三条一項)にそれぞれ該当するところ、被告人池添については右殺人予備と判示第二の銃砲刀剣類不法所持とは一個の行為で二個の行罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い銃砲刀剣類不法所持の罪に定められた懲役刑で処断することとし、被告人池添の傷害罪と被告人大村、同村山の各罪につきそれぞれ所定刑中懲役刑を選択し、被告人池添には前記(一)の前科があるので刑法五九条、五六条一項、五七条により四犯の、被告人大村には前記(二)の前科があるので同法五六条一項、五七条により再犯の各加重をし、被告人池添と被告人大村の右傷害罪とそれぞれの銃砲刀剣類所持等取締法違反の各罪とはいずれも刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示傷害罪の刑に同法一四条および同法四七条但書の制限内で法定の加重をし、その各刑期の範囲内で、被告人池添を懲役三年に、被告人大村を懲役二年六月に、被告人村山を懲役六月に処し、同法二一条を適用して被告人池添、同大村に対しては未決勾留日数中各二二〇日を、被告人村山に対しては同じく三〇日をそれぞれの刑に算入し、押収してある日本刀一振(証一号)は被告人池添の判示第二の犯罪行為を組成した物、刺身包丁一本(証二号)は被告人大村の判示第三の犯罪行為を組成した物でいずれも犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項一号二項によりこれらをそれぞれ没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書にしたがつて被告人らに負担させないこととする。

(殺人未遂の訴因に対する判断)判示第一の事実に対応する公訴事実の要旨は「被告人池添、同大村は、岡原翼を殺害しようと企て、共謀のうえ、被告人池添において刃渡り約五七センチメートルの日本刀を、被告人大村において刺身包丁をそれぞれ携行し、昭和四四年七月四日午前〇時五〇分すぎごろ、クラブ「さつき」付近路上において、岡原を認めるや、被告人池添が「やれやれ」などと指示し、これにしたがい被告人大村が所携の刺身包丁で同人の右大腿部を突き刺すなどして同人に全治約三週間の傷害を負わせたが、同人が逃走したため殺害の目的を遂げなかつた」というにあるが、当裁判所は右事実につき、判示のとおり、これと異なる認定をしたのでその理由を説示する。

(一)  被告人らの本件犯意

被告人池添については、前掲各証拠により同被告人が岡原に対し前判示のとおり殺意を有していたことはこれを認定するに十分である。

しかるに、証人田崎トメ子の当公判廷における供述調書、田中満の検察官に対する供述調書、村山清の検察事務官に対する供述調書ならびに被告人大村の司法警察員、司法巡査および検察官に対する各供述調書と被告人大村の当公判廷における供述によれば、被告人大村は本件発生直前の深夜午前〇時三〇分ごろ、就寝中を、被告人池添と岡原との闘争の助勢に連れ出しにきた被告人村山清から起こされて直方市街まで同行するよう依頼され、一応は拒絶したものの同被告人のしつようさに負けてしぶしぶ同被告人と外出したが、その後右闘争が自分となんら関係のないことを聞き知り、被告人村山の詐言によりうまく連れ出されたことを察知したものの、被告人池添らの興奮したふん囲気に引きずられ、もはや引つ込みがつかなくなつて本件犯行に巻き込まれたものであること、そもそも被告人大村は被告人池添とは面識のある程度でさほど交遊関係なく、また被告人村山との間には遠い姻戚関係はあるが、日ごろの交際もとりたて親密でなく、まして岡原との間には、たんに顔を見たことがある程度で、ことさら恨みをいだくほどの間柄でもなかつたものであること、被告人大村が刺身包丁を持ち出したのは、被告人村山から危害を加えられるのではないかと誤解したがためであつたこと、被告人大村は岡原に近づくや、いきなり同人の大腿部を二度突き刺したりした後、同人が倒れたところを「お前を殺したりはせん」といつてその頭部を右包丁の峯で一、二回殴打したまま、その行為を中止したものであること、そして、犯行直後被告人池添に「あれだけやつたからいいではないか」といつて、そのしつように追跡して加害せんとする行為を制止したものであることをそれぞれ認めることができ、右諸事実を総合すれば、被告人大村の本件犯意は傷害の故意であつて、殺人のそれではなかつたと解するのが相当であり、同被告人の検察官に対する供述調書中の未必的殺意を自認する旨の供述記載部分はたやすく信用することができない。したがつて、本件犯行については、被告人池添は殺意をもつて、被告人大村は傷害の故意をもつて加担したことになる。

(二) 異なる犯意に基づく共犯関係の成立

本件は判示のとおり被告人池添と被告人大村との傷害の共犯関係を認定しているのである。そもそも傷害と殺人との間にはその行為の態様、被害法益等において構成要件的に重なり合うものを有し、罪質的にも同質性を認めうるし、また殺人の意思の中には傷害の意思も包含されているものと解しうるから、数人の者がそれぞれ同一人に対する殺人の故意と傷害の故意で共同して犯罪行為におよんだ場合、その間に意思の連絡ないし共謀を認め、傷害の範囲において共犯関係を肯認することが可能であるところ、本件は前説示のとおり被告人池添は殺人の、被告人大村は傷害の各意思で岡原を襲撃することを共謀したうえ、被告人大村において傷害の実行行為に着手し、同人に判示傷害の結果を生ぜしめたものであつて、右にみたとおり、両被告人間に傷害の範囲で共謀共同正犯の成立を認容しうるものというべく、もとより被告人池添は自らの殺人の実行に着手していないからこれを殺人未遂に問擬することはできないが、被告人大村の行為に基づいて発生した本件傷害の結果については傷害の限度において共犯者としての罪責を免れることはできず、かくして被告人池添についても被告人大村との共同正犯としての傷害罪が成立するものといわねばならない。

(三) 殺人予備について

ところで、被告人池添は前判示のとおり、自らはその殺意に基づく実行行為に着手するに至らず、予備の段階に止つたものであるが、本来予備罪はその基本的構成要件該当の実行行為着手により発展的に消滅し、右基本犯罪に吸収せられる関係にあるところ、この関係は本件においては殺意をもつてなされた予備行為が傷害の故意に基づく実行行為に発展した場合として解しうるが、殺人予備罪の保護法益の重大性、さらには本件殺人予備の態様に照らすと、被告人池添の本件殺意およびこれに基づく予備行為を、その犯意としてはより小なる傷害の行為に吸収して評価し尽すことはできないものというべく右殺人予備罪の構成要件該当の行為はなお独立にその可罰的評価を受けるに相当するものと認めるので、同被告人は右傷害罪の罪責のほか殺人予備罪の責任もまた免れないところである。

(四)  よつて、本件殺人未遂の訴因には当然殺人予備ないし傷害の訴因をも内包されるものとみられるから、刑事訴訟法の要求する訴因変更の手続を経ないまま、本件訴因につき被告人池添については傷害罪と殺人予備罪との併合罪を被告人大村については傷害罪をそれぞれ認定した次第である。よつて、主文のとおり判決する。

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